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宇都宮地方裁判所 昭和63年(ワ)298号 判決

主文

一  原告らの請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

1  (甲事件)

(一) 甲事件原告らと同事件被告らとの間において、被告木舘貞夫が被相続人木舘金七郎の相続権を有しないことを確認する。

(二) 甲事件原告らと同事件被告らとの間において、同事件原告らと同事件被告らが昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立させた各遺産分割協議が無効であることを確認する。

(三) 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする。

2  (乙事件)

(一) 被告木舘貞夫は、別紙物件目録(一)1記載の土地について宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一〇月三〇日受付第一三三九七号の所有権移転登記の、同目録(一)2記載の土地について同地方法務局同出張所昭和六一年七月七日受付第八三三七号の所有権移転登記の、同目録(一)3記載の土地について同地方法務局同出張所同日受付第八三三八号の所有権移転登記の、同目録(一)4ないし26記載の土地について同地方法務局同出張所同日受付第八三三九号の所有権移転登記の、別紙物件目録(二)1ないし5記載の土地について同地方法務局同出張所昭和六〇年一〇月三〇日受付第一三三九七号の所有権移転登記の各抹消登記手続きをせよ。

(二) 被告渡辺生コンは、別紙物件目録(二)1ないし4記載の土地について宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一一月一一日受付第一三八四三号の所有権移転登記の、同目録(二)5記載の土地について同地方法務局同出張所同日受付第一三八四四号の所有権移転登記の各抹消登記手続きをせよ。

(三) 訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二  当事者の主張

一  甲事件について

1  原告らの請求原因

(一) 昭和六〇年八月一〇日に木舘金七郎(以下「金七郎」ともいう。)は死亡した。

(二) その後、金七郎の二男原告木舘隆男、四男の原告木舘裕次、長男の被告木舘貞夫、二女の被告遠藤朝子、三男の被告久保昭吾及び四女の被告木田雪子の六名(金七郎の相続人は他にはいなかった。)は、金七郎の遺産の分割について協議を重ね、その結果、昭和六〇年一〇月二六日、別紙物件目録(二)1ないし5記載の土地(以下それぞれ「(二)1ないし5の土地」といい、一括して(二)の各土地という。)を被告木舘貞夫が相続する旨の遺産分割協議を成立させ、更に昭和六一年六月一七日、別紙物件目録(一)1ないし26記載の土地(以下それぞれ「(一)1ないし26の土地」といい、一括して(一)の各土地という。)、別紙物件目録(三)1記載の建物、同2記載の株式、同3、5、6記載の債権、同4記載の立木、同7記載の債務(以下別紙物件目録(三)1ないし7記載の財産関係を一括して「(三)の建物等」という。)を被告木館貞夫が相続する旨の遺産分割協議を成立させた。

(三) 被告木舘貞夫の相続欠格について

(1) 被告木舘貞夫には次のとおり相続欠格事由がある。

〈1〉 偽造

ⅰ 被告木舘貞夫は、昭和六〇年二月か三月ころ、金七郎の知らない間に、その筆跡を模した文字で自ら、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に売却して得た代金を株式会社日光自動車学校(以下「日光自動車」という。)に寄付する旨の金七郎名義の遺言書を偽造した。

ⅱ 被告木舘貞夫の右行為は、民法第八九一条五号に該当する。

〈2〉 破棄又は隠匿

仮に右の〈1〉が認められない場合は、次のとおり主張する。

ⅰ 金七郎は、昭和六〇年二月か三月ころ、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に売却して得た代金は日光自動車に寄付する旨の遺言書を作成した。

ⅱ ところが、その後、被告木舘貞夫は、金七郎作成の右遺言書を破棄し、又は隠匿した。

ⅲ 被告木舘貞夫の右行為は、民法第八九一条五号に該当する。

〈3〉 許欺

ⅰ 被告木舘貞夫は、昭和六〇年二月か三月ころ、金七郎に対し、次のように虚偽の事実を述べて金七郎を欺いた。即ち、

「自分は、父が死亡しても、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を他に売却するつもりは全くないが、将来、万が一相続人の兄弟の話し合いで他に売却することになったら、その売却代金に多額の税金がかかって、財産が著しく減少してしまうので、その売却代金を日光自動車へ寄付することにしたい。日光自動車へ寄付すれば税金もかからないので財産が減少することはないし、兄弟全員が日光自動車の株主になっているので、皆も損をしない。被告渡辺生コンの土地売却代金は、日光自動車へ寄付するという父の遺言があれば、父の意思に従って、被告渡辺生コンの土地の売却代金を日光自動車に寄付することに、兄弟は誰も異議を述べないだろう。」と述べた。

ⅱ 右のとおり金七郎を欺いた結果、金七郎は前記〈1〉ⅰの遺言書を作成したものである。

ⅲ 被告木舘貞夫の右行為は、民法第八九一条四号に該当する。

(2) 以上の次第で、被告木舘貞夫は被相続人金七郎の相続権を有しておらず、同被告が加わって昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立した前記各遺産分割協議は無効である。

(四) 遺産分割協議の取消

右の(三)の主張が認められない場合に備えて、予備的に次のとおり主張する。

(1) 被告木舘貞夫の詐欺

被告木舘貞夫は、昭和六〇年一〇月二六日と昭和六一年六月一七日の各遺産分割協議の際、原告両名、被告遠藤朝子、同久保昭吾及び同木田雪子に対し、ア真実は、被告木舘貞夫が金七郎名義の売買契約書を偽造するなどして無断に売却手続きを進めたのに、「金七郎が、直筆で署名して、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に金二億円で売却する旨の売買契約書を作成し、同被告に売却した。」旨の虚偽の事実を述べ、また、イ真実は、前記のとおり、被告木舘貞夫が、金七郎名義の遺言書を偽造し、或いは金七郎作成の遺言書を破棄又は隠匿したのに、「金七郎は被告渡辺生コンに土地を売却した代金を日光自動車学校に寄付する旨の遺言書を書いたが、網幸夫が右遺言書を焼き捨てた。」旨の虚偽の事実を述べて、それぞれ原告らを欺いてその旨誤信させた上、右各協議を成立させた。

被告木舘貞夫が右のア、イで述べた各事実が虚偽であることは、原告木舘隆男が昭和六二年一二月二二日及び同月二六日に網幸夫に面会してその真偽を確かめたところ、同人から、被告渡辺生コンとの間の売買契約書の金七郎名義の署名については、金七郎ではなく網幸夫が書いた旨の、また、金七郎の遺言書については、被告木舘貞夫から見せられたが、同被告に返却しており、それを自分が焼き捨てた事実はない旨の回答があったことからも明らかである。

(2) 原告らは、平成元年四月一八日の本件口頭弁論期日において、被告木舘貞夫に対し、前記各協議における同意を取消す旨の意思表示をした。

(3) 以上の次第で、昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立した前記各遺産分割協議は無効である。

(五) よって、原告らは、原告らと被告木舘貞夫、同遠藤朝子、同久保昭吾及び同木田雪子との間において、被告木舘貞夫が被相続人木舘金七郎の相続権を有しないこと及び右の昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立した前記各遺産分割協議が無効であることの確認を求める。

2  請求原因に対する被告らの認否

(一) 被告木舘貞夫

(1) 請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(2) 請求原因(三)について

〈1〉 請求原因(三)(1)について

ⅰ 請求原因(三)(1)冒頭は争う。

ⅱ 請求原因(三)(1)〈1〉ⅰの事実は否認する。同ⅱは争う。

ⅲ 請求原因(三)(1)〈2〉ⅰの事実中、遺言作成の時期は知らない。その余の事実は認める。なお、遺言の内容は、原告ら主張の売却代金を日光自動車の借金の返済に充させるため同社に寄付するというものであった。

同ⅱの事実は否認し、同ⅲは争う。

ⅳ 請求原因(三)(1)〈3〉ⅰ、ⅱの事実は否認し、同ⅲは争う。

〈2〉 請求原因(三)(2)は争う。

(3) 請求原因(四)について

〈1〉 請求原因(四)(1)の事実中、昭和六〇年一〇月二六日と昭和六一年六月一七日に主張の各遺産分割協議が成立したこと、その各協議の際、被告木舘貞夫が「被告渡辺生コンに賃貸中の土地を金七郎が同被告に売却した。」旨を述べたことは認めるが、その余は否認する。

〈2〉 請求原因(四)(2)の事実は認める。

〈3〉 請求原因(四)(3)は争う。

(二) 被告遠藤朝子、同久保昭吾

(1) 請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(2) 請求原因(三)について

〈1〉 請求原因(三)(1)について

ⅰ 請求原因(三)(1)冒頭は争う。

ⅱ 請求原因(三)(1)〈1〉ⅰの事実は否認し、同ⅱは争う。

被告木舘貞夫が金七郎名義の遺言書を偽造した証拠は全くない。

ⅲ 請求原因(三)(1)〈2〉ⅰ、ⅱの事実は否認し、同ⅲは争う。

なお、相続欠格事由としての遺言書の破棄、隠匿は、相続人の「故意」に基づくものでなければならない。ところが、被告木舘貞夫は、原告らを含む金七郎の子六名全員が集まったところで、自は積極的に、「被告渡辺生コンからの受領代金を日光自動車に寄付する。」旨の金七郎作成の遺言書があったが、それを網幸夫が破棄してしまったことを述べており、右の状況からすると、被告木舘貞夫に右の故意がなかったことは明白である。

ⅳ 請求原因(三)(1)〈3〉ⅰ、ⅱの事実は否認し、同ⅲは争う。

被告木舘貞夫が金七郎に対し詐欺を行い、遺言書を作成させたとの証拠は全くない。

〈2〉 請求原因(三)(2)は争う。

(3) 請求原因(四)について

〈1〉 請求原因(四)(1)について

ⅰ 請求原因(四)(1)の事実中、昭和六〇年一〇月二六日と昭和六一年六月一七日に主張の各遺産分割協議が成立したこと、その各協議の際、被告木舘貞夫が「被告渡辺生コンに賃貸中の土地を金七郎が同被告に売却した。」旨を述べたことは認めるが、その余は否認する。

ⅱ 原告らは、真実は被告木舘貞夫が偽造したものであるのに、「金七郎が直筆で署名して、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に金二億円で売却する旨の売買契約書を作成し、同被告に売却した。」旨の虚偽の事実を述べて原告らを欺いたと主張するが、金七郎が被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に売却したことは証拠上明らかであり、右の点について被告木舘貞夫が詐欺をした事実は全くない。

ⅲ また、原告らは、被告渡辺生コンに土地を売却した代金を日光自動車学校へ寄付する旨の金七郎の遺言書について、「網幸夫が右遺言書を焼き捨てた。」旨の虚偽の事実を述べて原告を欺いたと主張する。

しかし、詐欺が成立するためには、行為者が「虚偽の事実を告げて、相手方を錯誤に陥らせ、相手方にその錯誤に基づいて意思表示をさせようという意思」を有することを要するところ、客観的事実として網幸夫が遺言書を破棄したか否かの点は別として、少なくとも被告木舘貞夫としては、網幸夫が遺言書を破棄したと認識していたものであり、右の意思を有していなかったことは明らかである。

〈2〉 請求原因(四)(2)の事実は認める。

〈3〉 請求原因(四)(3)は争う。

(三) 被告木田雪子

(1) 請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(2) 請求原因(三)については認否をしない。

(3) 請求原因(四)について

〈1〉 同(四)(1)の事実中、昭和六〇年一〇月二六日と昭和六一年六月一七日に主張の各遺産分割協議が成立したこと、その各協議の際、被告木舘貞夫がアの「金七郎が直筆で署名して、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に金二億円で売却する旨の売買契約書を作成し、同被告に売却した。」旨を、イの「網幸夫が金七郎作成の遺言書を焼き捨てた。」旨を述べたことは認めるが、その余は知らない。

〈2〉 同(四)(2)の事実は認める。

二  乙事件について

1  原告らの請求原因

(一) 故木舘金七郎は、生前(一)の各土地、(二)の各土地を所有していた。

(二) 昭和六〇年八月一〇日に金七郎は死亡した。

原告木舘隆男は金七郎の二男、原告木舘裕次はその四男であり、いずれも金七郎の死亡によりその共同相続人の一人として(一)の各土地、(二)の各土地の所有権を取得した。

(三) 被告木舘貞夫のために、(一)1の土地について宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一〇月三〇日受付第一三三九七号の所有権移転登記、(一)2の土地について同地方法務局同出張所昭和六一年七月七日受付第八三三七号の所有権移転登記、(一)3の土地について同地方法務局同出張所同日受付第八三三八号の所有権移転登記、(一)4ないし26の土地について同地方法務局同出張所同日受付第八三三九号の所有権移転登記及び(二)1ないし5の土地について同地方法務局同出張所昭和六〇年一〇月三〇日受付第一三三九七号の所有権移転登記がなされた。

(四) 被告渡辺生コンのために、(二)1ないし4の土地について宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一一月一一日受付第一三八四三号の所有権移転登記、(二)5の土地について同地方法務局同出張所同日受付第一三八四四号の所有権移転登記がなされた。

(五) よって、原告らは、(一)の各土地、(二)の各土地の所有権(共有持分権)に基づき、被告木舘貞夫に対し、(一)の各土地、(二)の各土地について同被告のためになされた前記所有権移転登記の抹消登記手続きを、被告渡辺生コンに対し、(二)の各土地について同被告のためになされた前記所有権移転登記の抹消登記手続きをそれぞれ求める。

2  請求原因に対する被告らの認否

請求原因(一)ないし(四)の事実は認める。

3  被告らの抗弁

(一) 被告木舘貞夫、被告渡辺生コンの抗弁

(1) 前記1(一)(金七郎が(一)の各土地、(二)の各土地を所有していること)と同じ。

(2) 昭和六〇年八月一〇日に金七郎は死亡した。

被告木舘貞夫は金七郎の長男であり、同被告も金七郎を相続してその共同相続人の一人として(一)の各土地、(二)の各土地の所有権を取得した。

(3) その後、原告両名、被告木舘貞夫、原告の二女の被告遠藤朝子、三男の被告久保昭吾及び四女の被告木田雪子の六名(金七郎の相続人は他にはいなかった。)は、金七郎の遺産の分割について協議を重ね、昭和六〇年一〇月二六日、(二)の各土地を被告木舘貞夫が相続する旨の遺産分割協議が成立し、更に昭和六一年六月一七日、(一)の各土地、(三)の建物等を被告木舘貞夫が相続する旨の遺産分割協議が成立した。

(4) 以上の次第で、

〈1〉 (被告木舘貞夫、同渡辺生コンの抗弁として)

右の各遺産分割協議により、原告らは共同相続人として(一)の各土地、(二)の各土地について有していた所有権を失った。

〈2〉 (被告木舘貞夫の抗弁として)

右の各遺産分割協議により、被告木舘貞夫は(一)の各土地、(二)の各土地について所有権全部を取得したから、右の各土地について被告木舘貞夫のためになされた前記所有権移転登記はいずれも権利関係に符合し、有効であるが、右の各遺産分割協議が不成立ないし無効であるとしても、被告木舘貞夫は、金七郎の共同相続人として右の各土地について法定相続分に従いその所有権(共有持分権)六分の一を取得したから、その限度で前記所有権移転登記は権利関係に符合し、有効である。

(二) 被告渡辺生コンの抗弁

(1) (二)の各土地は、木舘金七郎が生前に被告渡辺生コンに対して賃貸していたものである。当時、被告木舘貞夫が経営していた日光自動車の借金が多額になったことから、金七郎は(二)の各土地を被告渡辺生コンに買い取ってもらい、その代金を日光自動車の借金の返済に充てるようにと被告木舘貞夫らに話しをし、被告渡辺生コンと右売買について交渉をした。

(2) そして、金七郎は、被告渡辺生コンに(二)の各土地を売却するため、国土利用計画法の規定に基づき、昭和五九年一二月二五日付土地売買等届出書により栃木県知事に対しその旨の届出をした。

昭和六〇年一月三一日右届出に対し、栃木県知事から金七郎に対し、右売買契約について国土利用計画法の規定による勧告をしない旨の通知があった。

(3) そこで、金七郎は被告渡辺生コンに対し(二)の各土地を売却し、その売買代金を受領した。

(4) ところが、その後(二)の各土地について被告渡辺生コンのために所有権移転登記が行われないうちに、昭和六〇年八月一〇日金七郎が死亡した。

(5) そこで、金七郎の(二)の各土地を含む全不動産を遺産分割協議により取得した被告木舘貞夫が、右の金七郎と被告渡辺生コン間の売買契約に基づき、(二)の各土地について被告渡辺生コンのために所有権移転登記手続きをしたものである。

(6) なお、(二)5の土地について、登記原因を金七郎の死亡後の昭和六〇年一一月八日売買契約としたのは、右土地の元地積が一一九六〇平方メートルあったが、金七郎が被告渡辺生コンに賃貸していたのは右土地の一部であったため、測量して右一部(九八六七平方メートル)と他を分筆するのに時間がかかったためである。

(7) 以上の次第であって、被告渡辺生コンは、金七郎らからぜひ(二)の各土地を買い受けてもらいたい旨懇願されたため、右土地を買い受けたものであり、その代金全額を既に支払っている。

4  抗弁に対する原告らの認否

(一) 抗弁(一)について

(1) 抗弁(一)(1)の事実は認める。

(2) 抗弁(一)(2)の事実中、昭和六〇年八月一〇日に金七郎が死亡したこと、被告木舘貞夫が金七郎の長男であることは認めるが、その余は否認する。

(3) 抗弁(一)(3)の事実は認める。

(4) 抗弁(一)(4)は争う。

(二) 抗弁(二)について

(1) 抗弁(二)(1)の事実中、金七郎が生前に(二)の各土地を被告渡辺生コンに賃貸していたことは認めるが、その余は否認する。

金七郎がその真意に基づいて、日光自動車、即ちその経営者の被告木舘貞夫だけのために有利となるような土地売却や借金返済をするような状況は全くなかった。

(2) 抗弁(二)(2)の事実を否認する。

抗弁(二)(2)に沿う土地売買等届出書があるが、右書面は被告木舘貞夫が金七郎の印鑑を盗用して偽造したものである。

そのことは、右書面は、昭和五九年一二月二五日付で作成され、丸型の印鑑が押捺されているが、金七郎は、同年一一月二八日今市市長に対し右の丸型の印鑑について登録印鑑紛失届を提出した上、同日新たに角型の印鑑を登録印鑑として登録し、これにより以後右の丸型の印鑑を押捺使用する意思がないことを明確にしていたものであり、それにもかかわらず、その後の右日付日に右の丸型の印鑑が押捺されたことからも明らかである。

(3) 抗弁(二)(3)の事実は知らない。

(4) 抗弁(二)(4)の事実は認める。

(5) 抗弁(二)(5)、(6)の事実中、(二)の各土地について被告渡辺生コンのために所有権移転登記が行われないうちに金七郎が死亡したこと及び被告木舘貞夫が(二)の各土地について被告渡辺生コンのために所有権移転登記をしたことは認めるが、その余は否認する。

(二)の各土地及び(一)1の土地について金七郎を売主、被告渡辺生コンを買主とする昭和六〇年五月二九日付不動産売買契約書があるが、これは被告木舘貞夫が被告渡辺生コンの協力を得て偽造したものである。

(6) 抗弁(二)(7)の事実中、被告渡辺生コンが金七郎らからぜひ(二)の各土地を買い受けてもらいたい旨懇願されたことは知らない、その余は否認する。

5  原告らの再抗弁(抗弁(一)について)

(一) 被告木舘貞夫の相続欠格

(1) 前記一1(三)(1)〈1〉、〈2〉及び〈3〉(被告木舘貞夫の相続欠格事由)と同じ。

(2) 以上の次第で、被告木舘貞夫は被相続人木舘金七郎の相続権を有しておらず、同被告が加わって昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立した前記各遺産分割協議は無効である。

(二) 遺産分割協議の取消

右の(一)の主張が認められない場合に備えて、予備的に次のとおり主張する。

(1) 前記一1(四)(1)(被告木舘貞夫の詐欺)と同じ。

(2) そこで、原告らは、平成元年四月一八日の本件口頭弁論期日において、被告木舘貞夫に対し、前記各協議における同意を取消す旨の意思表示をした。

(3) 従って、前記各協議により原告らが(一)の各土地、(二)の各土地の所有権を失って被告木舘貞夫がその所有権全部を取得した旨の抗弁は失当である。

6  再抗弁に対する被告木舘貞夫、被告渡辺生コンの認否

(一) 再抗弁(一)について

(1) 再抗弁(一)(1)の事実に対する認否は、前記一2(一)(2)〈1〉(甲事件請求原因(三)(1)〈1〉、〈2〉及び〈3〉の事実に対する認否)と同じ。

(2) 再抗弁(一)(2)は争う。

(二) 再抗弁(二)について

(1) 再抗弁(二)(1)の事実に対する認否は、前記一2(一)(3)〈1〉(甲事件請求原因(四)(1)の事実に対する認否)と同じ。

(2) 再抗弁(二)(2)の事実は認める。

(3) 再抗弁(二)(3)は争う。

第三  証拠関係(省略)

理由

第一  甲事件について

一  請求原因(一)の事実(昭和六〇年八月一〇日木舘金七郎が死亡したこと)、同(二)の事実(昭和六〇年一〇月二六日、(二)の各土地を被告木舘貞夫が相続する旨の遺産分割協議が、昭和六一年六月一七日、(一)の各土地、(三)の建物等を被告木舘貞夫が相続する旨の遺産分割協議がそれぞれ成立したこと等)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、右の各遺産分割協議に至る経過等について検討する。

1  右の一の事実、成立に争いのない甲第一号証の一ないし二四、甲第二号証の一ないし五、甲第六号証、甲第一一号証、甲第一四号証の二、甲第一五号証、乙第一号証の一(乙第三号証の二と同じ。)、乙第二号証、乙第三号証の二、原本の存在及びその成立について争いのない甲第一六号証、証人網幸夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一ないし三、被告木舘貞夫の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証、甲第八号証の一、原告木舘隆男の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第九号証の一、甲第一七号証、原告ら主張の物件を撮影した写真であることに争いのない甲第一八号証、甲第一九号証、証人網幸夫、同木舘靖夫、同入澤文浩の各証言、原告木舘隆男、同木舘裕次の各尋問の結果(但し、後記部分は採用することができない各部分を除く。)、被告木田雪子の尋問の結果(但し、甲事件提訴前に証人として証言したもので、以上同じ。)、被告木舘貞夫、同久保昭吾の各尋問の結果、甲第九号証の二の存在(但し、木舘金七郎の作成名義部分を除く部分については弁論の全趣旨によりその成立が認められる。)、乙第一号証の二(甲第四号証、乙第三号証の三と同じ。)の存在(但し、木舘金七郎の作成名義部分を除く各部分については弁論の全趣旨によりその成立が認められる。)、乙第三号証の一(甲第三号証と殆ど同じ。)の存在(但し、被告渡辺生コンの作成名義部分については証人入澤文浩の証言によりその成立が認められる。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の(一)ないし(四)の事実が認められる(但し、(二)(8)、(9)の事実中、(二)の各土地について被告渡辺生コンのために宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一一月一一日受付第一三八四三号、第一三八四四号の各所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがない。)。

(一) 日光自動車の経営等について

(1) 自動車教習場の経営等を営む日光自動車は昭和五三年に設立されたが、その当初から被告木舘貞夫が代表取締役として経営に当たっていた。同社の教習場コースとしては、被告木舘貞夫が父の木舘金七郎(明治三一年一月一二日生)から昭和五二年ころ贈与された農地が使用されていた。金七郎も、右の農地を贈与した上、それが教習場コースとして使用されることも認めるなど、同社の開業及び経営に事実上関与・協力し、同社の会長的な立場にあった。

(2) しかし、日光自動車は、昭和五九年ころの当時、約二億円の負債を抱え、その資金繰りが苦しくなり経営が相当悪化していた。

(3) なお、金七郎は、従前から六人の子らのうち長男の被告木舘貞夫の家族と同居していた。

(二) 被告渡辺生コンに対する土地の売却等について

(1) 昭和四三年ころから、金七郎はその所有する(二)の各土地を被告渡辺生コンに賃貸し、被告渡辺生コンは右土地において生コンのプラントを建設して操業をしていた。

(2) 前記のとおり日光自動車が多額の借金を抱えていたことから、金七郎は、被告渡辺生コンに賃貸中の(二)の各土地を同被告に売却し、その代金で日光自動車の借金の返済に充てようと考え、そのことを被告木舘貞夫、その長男の木舘靖夫、被告久保昭吾に話して、昭和五九年一一月ころまでに被告木舘貞夫を通じるなどして被告渡辺生コンに右の売却について打診し、交渉した。そこで、そのころ、被告渡辺生コンでも右各土地を買い取る方針を立てた。

そして、売買代金等の契約内容についてもほぼ合意がみられた。

(3) そこで、被告木舘貞夫が金七郎から委任又は指示を受けて同人に代わって署名、押印をするなどして、昭和五九年一二月二五日付土地売買等届出書(乙第一号証の二)が作成され、これにより、国土利用計画法の規定に基づき、(二)の各土地の売買契約の締結について栃木県知事に対し届出がなされた。

そして、右届出に対し、昭和六〇年一月三一日、栃木県知事から金七郎に対し、右売買契約について国土利用計画法の規定による勧告をしない旨の通知があった。

(4) そこで、更に右売買の手続きが進められ、金七郎から委任又は指示を受けた被告木舘貞夫が、日光自動車の経理等を担当していた職員網幸夫に指示して金七郎に代わって署名、押印させるなどして、被告渡辺生コンとの間で、(二)の土地を代金二億円で被告渡辺生コンに対して売却すること等を定めた昭和六〇年五月二九日付不動産売買契約書(乙第三号証の一)がそのころ作成され、その旨の売買契約が締結された。

更に、同日ころ、右売買契約の代金が完済された。

(5) また、当時、(二)1ないし4の土地の地目が畑、或いは田となっていたので、金七郎が被告木舘貞夫に委任又は指示して金七郎に代わって署名、押印させるなどして、昭和六〇年六月一五日付で農地法第五条による許可申請書(甲第九号証の二)が作成され、これにより右申請が行われた。

そして、右申請に対し、同年七月三〇日許可され、同年八月八日その旨の許可書が交付された。

(6) ところが、(二)の各土地について被告渡辺生コンのために所有権移転登記手続きが行われないうちに、昭和六〇年八月一〇日金七郎が死亡した。

(7) その後も、被告渡辺生コンは、被告木舘貞夫に対して、右売買契約の履行として(二)の各土地の所有権移転登記手続きを早急に行うよう求めた。

(8) そこで、被告木舘貞夫は、後記(四)(1)のとおり、既に金七郎が被告渡辺生コンに売却していた右土地については、遺産分割協議で一旦被告木舘貞夫が相続する形をとって、同被告から被告渡辺生コンに所有権移転登記をする手続きで履行を急ぐことにし、その旨原告らを含む兄弟五名に説明して、昭和六〇年一〇月二六日に被告木舘貞夫が(二)の各土地を相続する旨の遺産分割協議を成立させた。

そこで、(二)1ないし4の各土地について、被告木舘貞夫が宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一〇月三〇日受付の所有権移転登記(原因は同年八月一〇日相続)を受けた後に、被告渡辺生コンのために同地方法務局同出張所同年一一月一一日受付第一三八四三号の所有権移転登記がなされた(但し、その原因は同年七月三〇日売買とされた。)。

(9) なお、前記(4)の不動産売買契約書上では、(二)5の土地(一四三番の一)の地積はその作成当時の登記簿上地積である一一九六〇平方メートルと表示されていたが、もともと金七郎が被告渡辺生コンに賃貸していたのはその一部約九八六七平方メートルで、右売買契約の対象となったのも右の一部であった。そこで、被告木舘貞夫が宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一〇月三〇日受付の所有権移転登記を受けた後に、更に同年一一月六日に一四三番の一、同番の五に分筆する手続きが必要となり、右売買契約の対象となっていた右分筆後の(二)5の土地(地積九八六七平方メートルの一四三番の一)について、被告渡辺生コンのために同地方法務局同出張所同年一一月一一日受付第一三八四四号の所有権移転登記がなされた(但し、その原因は同年一一月八日売買とされた。)。

(三) 遺言書について

(1) 金七郎は、もしも万一(二)の各土地について被告渡辺生コンに対する所有権移転登記が完了しないうちに自分が死亡した場合にも、支障なく右登記手続きが進められるように、自分の右各土地売却の意思と目的を明らかにしておく必要などから、遺言書を作成しようと考え、昭和六〇年二月か三月ころ、ア被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に売却して得た代金は日光自動車に寄付するから、被告木舘貞夫はこれを同社の借金の返済に充てるようにという趣旨、イ被告木舘貞夫の兄弟も右のアについて協力するようにという趣旨の全文、日付及び氏名を自書して押印した、所定の自筆証書の遺言書を作成した。

(2) そのころ、被告木舘貞夫は金七郎から右遺言書を預かった。

そして、被告木舘貞夫は、右遺言書の内容が的確に記載されているか等を確認してもらうために、これを網幸夫に見せたことはあったが、これを同人に預けたことはなかった。

(3) 金七郎が昭和六〇年八月一〇日死亡した後、金七郎の遺産について分割の協議が重ねられるうちに、金七郎作成の右遺言書の存在及びその内容等が問題となった。

しかし、当時被告木舘貞夫のもとには金七郎作成の右遺言書が見当たらず、被告木舘貞夫は、原告らを含む兄弟五名にこれを示すことができなかった。

(4) 昭和六〇年一一月か一二月ころ、網幸夫は、被告木舘貞夫から「遺言書を持っていないか。」と尋ねられた際、預かっていない旨答え、念のため机の引出し等を探してみたが、やはり見つからなかった。

(四) 遺産分割協議について

(1) 原告両名、被告木舘貞夫、金七郎の二女の被告遠藤朝子、三男の被告久保昭吾及び四女の被告木田雪子の六名は、金七郎の遺産の分割について協議を重ねた。その間、被告木舘貞夫が前記の昭和六〇年五月二九日付不動産売買契約書(乙第三号証の一)を示したりしながら、(二)の各土地については、既に金七郎が被告渡辺生コンに売却しているから、遺産分割協議で一旦被告木舘貞夫が相続する形をとって被告木舘貞夫の所有名義とした上、被告渡辺生コンに所有権移転登記手続きをしなければならないなどと説明した。

その結果、昭和六〇年一〇月二六日、右六名は、(二)の各土地を被告木舘貞夫が相続する旨の遺産分割協議を成立させた。

(2) 更に右六名は、昭和六一年六月一七日、(一)の各土地、(三)の建物等を被告木舘貞夫が相続し、被告木舘貞夫は原告木舘隆夫に現金三五〇〇万円を支払う義務を負担する(但し、右金額は原告木舘隆男に課税される相続税額を差引後の手取額とし、内金二〇〇〇万円は貸与中の額と相殺し、残金一五〇〇万円は昭和六二年一〇月三一日に支払う。)、被告木舘貞夫は原告木舘裕次に現金三五〇〇万円を支払う義務を負担する(但し、右金額は原告木舘裕次に課税される相続税額を差引後の手取額とし、内金二〇〇〇万円は昭和六一年一〇月三一日に、残金一五〇〇万円は昭和六二年一〇月三一日に支払う。)、被告木舘貞夫は被告木田雪子に現金三〇〇万円を支払う義務を負担する、被告遠藤朝子、同久保昭吾は相続財産を一切相続しないことを定めた遺産分割協議書(乙第二号証)を作成して、その旨の遺産分割協議を成立させた〔但し、別紙物件目録(三)5の貸金債権については、右遺産分割協議書の付表では、「九貸付金 1.(株)日光自動車学校 金一億一四〇〇万円、2.(有)木舘洋服店 金二〇〇〇万円」と記載されていた。〕。

2  原告らの主張等について

(一) 原告らは、前記趣旨の金七郎作成名義の遺言書は存在したが、それは被告木舘貞夫が偽造したものであると主張する。

(1) しかしながら、証人網幸夫は、被告木舘貞夫から見せられた右遺言書が金七郎の自書によるものであったと明言しており、同証人が本件に利害関係のない第三者で、被告木舘貞夫から右遺言書をその内容等を確認するため見せられた立場にあったこと等を考慮すると、右証言は信用できるものと認められ、これに同趣旨の証人木舘靖夫の証言、被告木舘貞夫の尋問の結果も併せ総合すると、前記1(三)(1)で認定したとおり、金七郎が全文、日付及び氏名を自書して押印した自筆証書による遺言書を作成したものと認められる。

なお、証人木舘靖夫の証言、被告木舘貞夫の尋問の結果では右遺言書の押印が金七郎の「丸印」によるものであったと供述しているが、右各供述部分は右両名それぞれの他の供述部分(金七郎の印鑑等に関する他の供述部分)が曖昧であることに照らし採用し難く、それらによって、右遺言書の押印が金七郎の「丸印」によるものであったことまで認定することはできない。

(二) 原告らは、金七郎と被告渡辺生コン間において(二)の各土地の売買契約が締結されたことはなく、右締結に沿う不動産売買契約書、土地売買等届出書の金七郎作成名義部分は、いずれも被告木舘貞夫が金七郎の印鑑を盗用するなどして偽造したものであると主張する。

(1) しかしながら、金七郎が、自筆証書による遺言書において、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に売却して得た代金は日光自動車に寄付するから、被告木舘貞夫はこれを同社の借金の返済に充てるようにという趣旨などを命じていたことは、前記1(三)(1)で認定したとおりである。

また、金七郎は、被告木舘貞夫と同居していた上、同被告が経営する日光自動車の開業及び経営に事実上関与・協力し、同社の会長的な立場にあったが、同社は昭和五九年ころの当時、約二億円の負債を抱え、その資金繰りが苦しくなり経営が相当悪化していたこと、他方、金七郎が所有する(二)の各土地が既に昭和四三年ころから被告渡辺生コンに賃貸され、被告渡辺生コンが右土地において操業をしていたことは、前記1(一)(1)ないし(3)、(二)(1)で認定したとおりであって、これらは金七郎が右各土地の売却を決意した動機ないし状況として十分了解できるものである。

(2) 次に、被告渡辺生コンに対する(二)の各土地の売却は、国土利用計画法所定の届出、農地法所定の許可の手続きだけでも昭和五九年一二月ころから昭和六〇年八月ころまで要した、大きな処分であった。もしも被告木舘貞夫が右処分手続きを金七郎に無断で発覚しないように処分しようとしたら、秘かに手続きを進めるなど相当の困難を伴うものであったと認められる。

ところが、被告木舘貞夫は、却って、日光自動車の経理等を担当していた職員網幸夫に指示して、金七郎に代わって不動産売買契約書に署名、押印させるなど、重要な手続きを行わせた。もしも被告木舘貞夫が金七郎に無断で処分するつもりであったとすれば、網幸夫に指示するなど右手続きの進め方は、日光自動車の会長的立場にあった金七郎に右処分が発覚する可能性を更に大きくするものであったというべきである。

もっとも、実際の経過についてみると、証人網幸夫の証言並びに弁論の全趣旨によれば、網幸夫は、被告木舘貞夫が金七郎から(二)の各土地の売却を委任され或いは指示されていたものと考え、直接金七郎に対して(二)の各土地を売却する意思があるか等を確認をしないで、被告木舘貞夫の指示どおり右手続きを行ったことが認められるが、網幸夫の右の態度・行為は、むしろ、当時、被告木舘貞夫が金七郎から(二)の各土地の売却を委任され或いは指示されているものと受け取られても不自然ではないような状況があったことを窺わせるものである。

なお、証人入澤文浩の証言によれば、被告渡辺生コンでも、被告木舘貞夫が金七郎から(二)の各土地の売却を委任され或いは指示されていたものと考えて、その点について全く疑義を抱かず、直接金七郎に売却の意思等を確認しないで売買手続きを進めたことが認められるが、そのことも被告木舘貞夫が金七郎から(二)の各土地の売却を委任され或いは指示されているものと受け取られても不自然ではないような状況があったことを窺わせるものである。

(3) 以上の(1)の事実、(2)の事実及び判示並びに証人木舘靖夫の証言、被告木舘貞夫、同久保昭吾の各尋問の結果を含む前記二1冒頭の各証拠を総合すれば、前記二1(二)(1)ないし(5)の事実が認められる。

(4) なお、前記土地売買等届出書(乙第一号証の二)の日付は、昭和五九年一二月二五日となっていて、同文書に押捺された金七郎名義の印鑑は丸型であるところ、前記甲第一一号証、成立に争いのない甲第一〇号証の一、二、原告木舘裕次の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二一号証の一、二、被告木舘貞夫の尋問の結果並びに甲第一〇号証の四、五の存在並びに弁論の全趣旨によれば、金七郎は、従来から右の丸型の印鑑について印鑑登録をしていたが、昭和五九年一一月二八日、右の丸型の印鑑について登録印鑑紛失届を提出して同日新たに角型の印鑑について印鑑登録を申請したこと、昭和六〇年五月二七日、右の角型の印鑑について登録印鑑紛失届が提出され、同日元の丸型の印鑑について印鑑登録が申請されたことが認められ、以上の事実及び被告木舘貞夫の尋問の結果によれば、昭和五九年一一月二八日ころから昭和六〇年五月二七日ころまで、金七郎ないし被告木舘貞夫の周辺には、丸型の印鑑と角型の印鑑がいずれも存在し、昭和五九年一二月二五日作成された土地売買等届出書(乙第一号証の二)には当時金七郎の登録印鑑でなかった丸型の印鑑の方が押されたことは認められる。

しかしながら、右事実は未だ前記二1(二)(3)の認定を覆すには足りない。

(三) 原告木舘隆男、同木舘裕次の各尋問の結果中、不動産売買契約書、土地売買等届出書の金七郎の作成名義部分は金七郎の意思に基づいて作成されたものではない趣旨を供述する部分は、前記(二)(3)の事実、証拠に照らし採用することができない。

(四) 他に前記二1の認定を左右するに足りる証拠はない。

三  請求原因(三)(被告木舘貞夫の相続欠格)について

原告らは、被告木舘貞夫には相続欠格事由があって被相続人木舘金七郎の相続権を有していないから、同被告が加わって昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立した前記各遺産分割協議は無効であると主張するので、以下検討する。

1  偽造について

原告らは、被告貞夫が金七郎の筆跡を模した文字で自ら、金七郎名義の前記趣旨の遺言書を偽造したと主張する。

(一) しかしながら、金七郎が前記遺言書を自筆証書として作成したことは前記二1(三)で認定したとおりであって、金七郎名義の遺言書が偽造されたとの点については、これを認めるに足りる証拠がない。

(二) よって、原告らの右主張は理由がない。

2  破棄又は隠匿について

原告らは、被告木舘貞夫が金七郎作成の前記趣旨の遺言書を破棄し、又は隠匿したと主張する。

(一) 確かに、金七郎が昭和六〇年二月か三月ころ自筆証書の遺言書を作成し、そのころ、被告木舘貞夫が金七郎から右遺言書を預かったこと、金七郎が昭和六〇年八月一〇日死亡した後の遺産について分割の協議が重ねられるうちに、金七郎作成の前記遺言書の存在及びその内容等が問題となったが、当時被告木舘貞夫のもとには金七郎作成の右遺言書が見当たらず、被告木舘貞夫は、原告らにこれを示すことができなかったことは、前記二1(二)で認定したとおりである。

(二) しかしながら、金七郎作成の右遺言書は、もともと、金七郎が、もしも万一(二)の各土地について被告渡辺生コンに対する所有権移転登記が完了しないうちに死亡した場合にも、支障なく右登記手続きが進められるように、自分の右各土地売却の意思と目的を明らかにしておく必要などから遺言書を作成しようと考えたものである。また、その内容も、ア被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に売却して得た代金は日光自動車に寄付するから、被告木舘貞夫はこれを同社の借金の返済に充てるようにという趣旨、イ被告木舘貞夫の兄弟も右のアについて協力するようにとの趣旨の、いわば被告木舘貞夫にとって有利なものであった。

以上を考慮に入れると、右の(一)の事実から、直ちに被告木舘貞夫が金七郎作成の右遺言書について故意に破棄し、又は隠匿する行為に出たことを推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) よって、原告らの右主張は理由がない。

3  詐欺について

原告らは、被告木舘貞夫が「自分は、父が死亡しても、被告会社に賃貸中の土地を他に売却するつもりは全くないが、将来、万が一相続人の兄弟の話し合いで他に売却することになったら、その売却代金を日光自動車へ寄付することにしたい。」などと虚偽の事実を述べて金七郎を欺き、金七郎に前記趣旨の遺言書を作成させたと主張する。

(一) しかしながら、金七郎が本件遺言書を作成した経過は前記認定のとおりであって、右主張の事実を被告木舘貞夫が述べたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

(二) よって、原告らの右主張は理由がない。

4  以上の次第で、相続欠格事由がある被告木舘貞夫が加わって昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立した各遺産分割協議が無効であるとの原告らの前記主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

四  請求原因(四)(遺産分割協議の取消)について

原告らは、被告木舘貞夫が前記遺産分割協議の際、ア真実は、被告木舘貞夫が金七郎名義の売買契約書を偽造するなどして無断に売却手続きを進めたのに、「金七郎が、直筆で署名して、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に金二億円で売却する旨の売買契約書を作成し、同被告に売却した。」旨の虚偽の事実を述べ、また、イ真実は、被告木舘貞夫が、金七郎名義の遺言書を偽造し、或いは金七郎作成の遺言書を破棄又は隠匿したのに、「金七郎は被告渡辺生コンに土地を売却した代金を日光自動車学校に寄付する旨の遺言書を書いたが、網幸夫が右遺言書を焼き捨てた。」旨の虚偽の事実を述べて、それぞれ原告らを欺いてその旨誤信させた上、右各協議を成立させたので、原告らは前記各協議における同意を取消したと主張する。

1  確かに、原告木舘隆男、同木舘裕次、被告木田雪子、同木舘貞夫、同久保昭吾の各尋問の結果によれば、被告木舘貞夫が前記各遺産分割協議の際、アの右事実、イの右事実をそれぞれ述べたことは認められる。

2  しかしながら、金七郎から委任又は指示を受けた被告木舘貞夫が、日光自動車の経理等を担当していた職員網幸夫に指示して金七郎に代わって署名、押印させるなどして、(二)の各土地を代金二億円で被告渡辺生コンに対して売却すること等を定めた昭和六〇年五月二九日付不動産売買契約書(乙第三号証の一)がそのころ作成され、結局、金七郎の意思に基づいてその趣旨の売買契約が締結されたことは、前記二1(二)で認定したとおりである。

従って、アの右の述べた事実は、主要且つ重要な部分で右の客観的事実と符合していたものと認められ、虚偽の事実であるということはできない。

3  また、金七郎が自分の(二)の各土地売却の意思と目的を明らかにしておく必要などから遺言書を作成しようと考え、昭和六〇年二月か三月ころ、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に売却して得た代金についてはこれを日光自動車に寄付するから同社の借金の返済に充てるようになどと自書した自筆証書の遺言書を作成し、そのころ、被告木舘貞夫が金七郎から右遺言書を預かったこと、金七郎が死亡した後の遺産について分割の協議が重ねられるうちに、金七郎作成の右遺言書の存在及びその内容等が問題となったが、当時被告木舘貞夫のもとには金七郎作成の右遺言書が見当たらず、被告木舘貞夫は、原告らにこれを示すことができなかったことは、前記二1(三)で認定したとおりである。

以上によれば、イの述べた事実は、金七郎が右趣旨の遺言書を書いたという主要且つ重要な部分で右の客観的事実と符合しているものと認められる。

のみならず、「網幸夫が右遺言書を焼き捨てた。」と述べた部分についても、当時被告木舘貞夫のもとには金七郎作成の右遺言書が見当たらず、原告らにこれを示すことができない状況であったことと抽象的には符合していところが認められる。

従って、イの述べた事実についても、これを虚偽の事実ということはできない。

4  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの右主張は理由がない。

五  よって、結局、原告らの甲事件請求はいずれも理由がない。

第二  乙事件について

一  請求原因(一)の事実(金七郎が(一)の各土地、(二)の各土地を所有していたこと)、請求原因(二)の事実(昭和六〇年八月一〇日金七郎が死亡し、原告らがいずれもその共同相続人の一人として(一)の各土地、(二)の各土地の所有権を取得したこと)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  抗弁(一)について

被告木舘貞夫、同渡辺生コンは、(一)の各土地、(二)の各土地について有していた所有権を原告らが遺産分割協議により失ったと主張するので、検討する。

1  金七郎が(一)の各土地、(二)の各土地を所有していたこと(抗弁(一)(1)の事実)は、前記一のとおりである。

2  抗弁(一)(2)について

抗弁(一)(2)の事実中、昭和六〇年八月一〇日に金七郎が死亡したことは前記一のとおりであり、被告木舘貞夫が金七郎の長男であることは当事者間に争いがない。

3  抗弁(一)(3)の事実(昭和六〇年一〇月二六日、(二)の各土地を被告木舘貞夫が相続する旨の遺産分割協議が成立し、昭和六一年六月一七日、(一)の各土地、(三)の建物等を被告木舘貞夫が相続する旨の遺産分割協議が成立したこと)は、当事者間に争いがない。

4  そして、被告木舘貞夫には相続欠格事由があって、同被告は金七郎の相続権を有しておらず、同被告が加わって昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立した右各遺産分割協議が無効であるとの原告の主張(再抗弁(一))の理由がないことは、前記第一の三のとおりである。

また、被告木舘貞夫が詐欺をしたから、原告らが右各協議における同意を取消す旨の意思表示をしたとの原告らの主張(再抗弁(二))の理由がないことも、前記第一の四のとおりである。

5  以上によれば、原告らは、共同相続人として有していた(二)の各土地の所有権を昭和六〇年一〇月二六日成立の遺産分割協議により、同じく有していた(一)の各土地の所有権を昭和六一年六月一七日成立の遺産分割協議により、それぞれ失ったものであり、被告木舘貞夫、同渡辺生コンの冒頭主張は理由がある。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの乙事件請求はいずれも理由ない。

第三  結語

以上の次第で、原告らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、九三条一項を適用し、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録(一)

1 所在    栃木県今市市倉ケ崎新田字岩鼻

地番    一四三番五

地目    山林

地積    二〇九二平方メートル

2 所在    栃木県今市市原宿字北裏

地番    六九七番

地目    山林

地積    三八六平方メートル

3 所在    栃木県今市市倉ケ崎新田字岩鼻

地番    二二五番の三

地目    山林

地積    五五五平方メートル

4 所在    同所

地番    一二四番の四

地目    山林

地積    二九〇平方メートル

5 所在    同所

地番    一二四番の八

地目    山林

地積    六・六一平方メートル

6 所在    同所

地番    一二四番ノ一八

地目    山林

地積    二九〇平方メートル

7 所在    同所

地番    一二四番の二一

地目    山林

地積    二六平方メートル

8 所在    同所

地番    一二五番三

地目    山林

地積    九・九一平方メートル

9 所在    同所

地番    一二五番四

地目    山林

地積    二六平方メートル

10 所在    同所

地番    一二六番一

地目    田

地積    二七一平方メートル

11 所在    同所

地番    一三三番五

地目    宅地

地積    一五・八三平方メートル

12 所在    同所

地番    一三三番九

地目    宅地

地積    一二・四三平方メートル

13 所在    同所

地番    一三九番の一

地目    山林

地積    五二二平方メートル

14 所在    同所

地番    一四〇番の一

地目    山林

地積    二四〇〇平方メートル

15 所在    同所

地番    一四〇番の二

地目    山林

地積    七三〇平方メートル

16 所在    同所

地番    一四三番の三

地目    山林

地積    九五八平方メートル

17 所在    同所

地番    一五二番四

地目    雑種地

地積    五三平方メートル

18 所在    同所

地番    一五五番の三

地目    原野

地積    一七五平方メートル

19 所在    同所

地番    一五九番の一

地目    山林

地積    五六五平方メートル

20 所在    同所

地番    一五九番の二

地目    宅地

地積    二二四・七九平方メートル

21 所在    同所

地番    一六三番の二

地目    原野

地積    二四七平方メートル

22 所在    同所

地番    一六三番の三

地目    宅地

地積    一二九・八五平方メートル

23 所在    同所

地番    一六五番

地目    宅地

地積    二五四・五四平方メートル

24 所在    同所

地番    一六六番二

地目    雑種地

地積    一〇七平方メートル

25 所在    同所

地番    一六七番の一

地目    山林

地積    一八六七平方メートル

26 所在    同所

地番    一六七番の二

地目    宅地

地積    二四一・三二平方メートル

物件目録(二)

1 所在    栃木県今市市倉ケ崎新田字岩鼻

地番    一四一番の一

地目    雑種地

地積    一二二三平方メートル

但し、昭和六〇年一一月一三日地目変更の登記前の地目は畑である。

2 所在    同所

地番    一四一番五

地目    雑種地

地積    二五二平方メートル

但し、昭和六〇年一一月一三日地目変更の登記前の地目は田である。

3 所在    同所

地番    一四一番六

地目    雑種地

地積    一三二八平方メートル

但し、昭和六〇年一一月一三日地目変更の登記前の地目は田である。

4 所在    同所

地番    一四二番

地目    雑種地

地積    五五二平方メートル

但し、昭和六〇年一一月一三日地目変更の登記前の地目は畑である。

5 所在    同所

地番    一四三番の一

地目    山林

地積    九八六七平方メートル

但し、昭和六〇年一一月六日一四三番の一、同番の五に分筆前の地積は一一九六〇平方メートルである。

物件目録(三)

1 建物

(一) 所在    栃木県今市市倉ケ崎新田字一六五番地

家屋番号  一一番

種類    居宅

構造    木造草葺平家建

床面積   一六八・五九平方メートル

(附属建物)

符号    1

種類    倉庫

構造    石張木羽葺二階建

床面積   一階 二三・一四平方メートル

二階 一六・五二平方メートル

符号    2

種類    倉庫

構造    石張木羽葺二階建

床面積   一階 一九・八三平方メートル

二階 一九・八三平方メートル

符号    3

種類    物置

構造    木造杉皮葺平家建

床面積   三九・六六平方メートル

符号    4

種類    水車

構造    木造杉皮葺平家建

床面積   一九・八三平方メートル

(二) 所在    同所

種類    味〓倉

構造    木造亜鉛鋼瓦葺平家建

床面積   六・六一平方メートル

(未登記)

(三) 所在    同所

種類    牛舎

構造    木造亜鉛鋼瓦葺平家建

床面積   二四・七九平方メートル

(未登記)

(四) 所在    同所

種類    車庫

構造    木造亜鉛鋼瓦葺平家建

床面積   一二・三九平方メートル

(未登記)

2 株式

株式会社日光自動車学校の株式  六万〇六〇〇株

3 預金債権

(一) 株式会社足利銀行今市支店普通預金  金一万五一四四円

(二) 同                 金五万二五六二円

(三) 同                 金二九万一一五五円

(四) 同銀行同支店定期預金        金八〇〇〇万円

4 立木

(一) 前記物件目録(一)13記載の土地(栃木県今市市倉ケ崎新田字岩鼻一三九番地の一)所在の樹齢二五年の松(立木面積五二二平方メートル)

(二) 前記物件目録(一)14記載の土地(栃木県今市市倉ケ崎新田字岩鼻一四〇番の一)所在の樹齢二〇年の松(立木面積約二四〇〇平方メートル)

(三) 前記物件目録(一)15記載の土地(栃木県今市市倉ケ崎新田字岩鼻一四〇番の二)所在の樹齢二五年の松(立木面積七三〇平方メートル)

(四) 前記物件目録(一)25記載の土地(栃木県今市市倉ケ崎新田字岩鼻一六七番の一)所在の樹齢二〇年の松(立木面積約一八六七平方メートル)

(五) 前記物件目録(一)2記載の土地(栃木県今市市原宿字北裏六九七番)所在の樹齢三〇年の檜(立木面積一二九平方メートル)

(六) 同所所在の樹齢三〇年の赤松(立木面積二五七平方メートル)

5 貸金債権

借主 株式会社日光自動車学校     金一億三四〇〇万円

但し、右貸金について、遺産分割協議書(乙第二号証)の付表では、「九貸付金 1.(株)日光自動車学校   金一億一四〇〇万円、2.(有)木舘洋服店 金二〇〇〇万円」と表示されている。

6 未収利息等の債権           金四八万四六二一円

7 債務

(一) 株式会社足利銀行今市支店からの借入金  金八〇〇〇万円

(二) 租税債務

(1) 鹿沼税務署に納付すべき所得税     金五五四五万二七〇〇円

(2) 今市市役所に納付すべき固定資産税   金五八万八三五〇円

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